しばらく雪の日が続いた。
だれに聞いても、大概雪にはわくわくするものらしい。出掛けなくてはならないのは億劫だけれど、真っ白をかぶせた街は特別。

羽黒山。
雪、と来て思い出すのは山形にあるこの山のこと。
家族旅行の思い出は寒い時に寒い土地に行くことに通じる。

 

冬の羽黒山は雪、雪、雪。
そんなに遅い時間ではなかったはずだけれど、冬の雪の日らしく雲が被って薄暗く重い空だった。入口で茶屋が 一軒店を開けているだけの誰もいない山道を大した足拵えもせずに上っていく。
朱塗りの太鼓橋がまっしろな中に冴える。
五重塔がしんとたっている。
聳える木立の間からどんどんどんどん大粒の雪が降りてくる。
そんなところで一組のひとと行き会った。
一人はスーツ姿、一人はハイヒール。

こんな雪なのに。場所に似合わず、何か暗いものを連想したくなる。

それにしても雪。
笑っちゃうくらいのドカ雪だ。
一足ごとに雪に沈み、足を取られ、転んでばかり。しまいには大笑いしながら転びながら山を登っていった。登山ハイなのか、雪ハイなのか。
すこし登りがきつくなって道が狭くなってどんどん暗くなって、このまま行くと本当に遭難するんじゃないかと思った。家族で雪山遭難では 洒落にもならないのでそこで引き返したけれど、立ち去るのが惜しい気がするほど、寒くて、寂しくて、嬉しくなる雪だった。

 

戻った入口の茶屋の達磨ストーブは世俗に戻った気分。
そんなことなら長靴を貸したのに、と店のひとに笑われながら、びしょびしょで凍り付いた足を温めながら煮詰まったおでんで暖をとった。

雪や寒さには笑いがセットになっている。

あまりに寒いと段々と笑いがこみ上げて来てしまう。暑過ぎて笑いが込上げてくることはないのに、寒過ぎると笑っちゃう。なぜだろう。

 

最近行った長野・野辺山でもそうだった。深夜を過ぎて辿り着いてから部屋が暖まるまで、絞った雑巾から落ちた水滴も、猫のごはん用の器についた水も、スリッパの底から発されているのであろう自分の湿気も、あっと言う間に凍り付いて、無闇に可笑しかった。

部屋に掛けてある 寒暖計がマイナス10℃を指していることに笑い、息が白いことに笑い、震えながらお風呂に入ろうとしたら風呂用の椅子が床に凍り付いて 外れなくなったのをみて大爆笑した。

こんなところに住んでいると雪には滅多にお目にかかれない。

わざわざ出掛けて行かなければ一度もみることない年だって珍しくない。だから 一瞬ちらりと舞っただけでもうれしい。顔がほころんでしまう。花が咲くのだって一年に一度だけれど、雪はもっと何か、特別に贈り物という気がする。
庭を駆回るほどではないけれど、外に出て白くて冷たいプレゼントを楽しむのはきっといつまでも変わらないだろう。

 

2010.2.28

BOOK246 column vol.219